未来の価値 第45話


ここ数カ月で見慣れた天井が視界に映った。
おかしいなと思い、数度瞬きをしてから目を凝らして見るが、やはり見知った天井だった。視界を左右に向ければ、こちらも見知った部屋の内装で、おかしいな、何でここにいるんだろう?と思わず目を顰めた。すると、ベッドの上で身じろぎをしたのが解ったのだろう、室内にいた気配がこちらに駆けてきた。

「ルルーシュ!!」

勢いよく顔を覗きこんできたのは、こちらもこの数カ月で見慣れた顔。最初は幼い頃との差に奇妙な感じもしたものだ。そんなスザクが不安と喜びを混ぜたような複雑な顔でこちらを見下ろしていた。額に浮かぶ汗から、何か運動でもしていたのだろう。

「ルルーシュ?ねえルルーシュ、聞こえてる?僕が解る?」

返事をせずその顔を見ていると、その顔が不安に染まった。
ぺしぺしと遠慮なく頬も叩かれる。

「・・・ああ、聞こえている。少し声のトーンを落としてくれないか」

妙に頭がガンガンしていて、スザクの大きな声が響いてくる。思わず眉を顰めると、スザクはごめんと謝りベッドの端に腰を下ろした。

「頭、痛い?」

枕に深く頭を沈めたまま、眉を寄せ目を閉じるルルーシュの乱れた前髪を梳くと、瞼がふるりとゆれ、再びその下から宝石のような瞳が姿を現した。

「ああ・・・少しな」

声にいつもの強さがない。
瞳にも力強さは無く、どこか焦点が合っていない気がする。
スザクは心配そうにその瞳を覗きこんだ。

「だいぶ痛そうだね。他に調子の悪い所はあるかな?」
「・・・他に?」

そう言われて妙に重い体を起こそうとしたが、全身に鈍い痛みが走り、思わずうめき声をあげ、そのまま再びベッドに背を預けた。あまりの痛みに一気に目が覚め、全身、特に関節に走った痛みに眉を顰めていると、スザクは苦笑しながらずれた毛布を肩まで掛けてくれた。

「まあ、そうなるよね。無理はしないで今日は寝てようね」

全て分かっているような顔でスザクは言った。

「・・・そうなる?なんでこんな・・・」
「ロイドさんとセシルさんに言われてたんだ。絶対に全身筋肉痛で動けなくなるからって」
「筋肉痛?」
「頭痛は低体温から来るものだろうから、今日は体を温めてゆっくり休もうね」

ぽんぽんと、小さな子供をなだめるように、スザクは毛布の上からか体を叩いてきた。
低体温、全身の筋肉痛、ロイド、セシル。
それらの単語で、ようやく眠っていた脳が動き出した。
つるつると滑るランスロットの指にしがみ付いた結果、全身の筋肉が悲鳴をあげ、そこに低体温が加わった事による体調不良。体力を根こそぎ奪われた事と、安全な場所へたどり着いた安堵と、寒さに震える体を支えるのも辛くて、スザクの膝に突っ伏したことで得た暖かさで緊張の糸が切れ、あのまま眠ってしまったのだろう。

「作戦はどうなった?」
「無事終了、と言いたいけど、黒の騎士団の乱入で日本解放戦線は脱出に成功して、基地内はもぬけの殻だった」

得られたのは戦闘で大破したKMFと、逃げ遅れた黒の騎士団の歩兵。そして一部の解放戦線の残党。失ったのは多くのKMFとそのパイロットの命。

「黒の騎士団は撤退、残党は数名捕える事が出来たとしても、こちらの被害の方がはるかに上か・・・。負けたな。完敗だ」

地中に埋まったKMFは掘り起こされ、中には無事に生還した者もいるが、土石流に巻き込まれたことで装甲が破損したり、あらゆる方向に激しく振られ、KMFは無事でもパイロットの方が持たず、少なくない死者が出ていた。土石流は町へと流れ込み、そちらでも被害が出たという。避難を呼びかけてはいたが強制では無かったため、自主的に残っていた者たちや野次馬が巻き込まれたのだ。
スザクも本来であればそれらの処理のため残るべきだったのだが、ルルーシュの方を優先させた。なにせ麓についたからとその背を揺すって起こしても一切の反応がなく、真っ青な顔で意識を無くしていたのだ。スザクは顔色を無くし慌てでルルーシュを抱きかかえると、ロイドとセシルのもとへ運んだ。
周りを信用しないルルーシュを救護班の元に連れていけないし、暗殺者が紛れている可能性もある。何かあったらロイドとセシルにとクロヴィスからも言われていた。専門外の二人ではあるが、それでも診察を行った結果、極度の疲労と低体温だと診断した。
体を温めてゆっくりと休ませれば問題は無い。
そんなルルーシュは丸一日眠り続け、ようやく今、目を覚ました。
ここでようやくスザクはあの戦闘前からの緊張から解放されたのだ。
不安からずっと身体を動かしていた疲労が一気に身体に来た気がする。

「・・・と言う事に・・・だから、今後は・・・、スザク?聞いているのか?」

名前を呼ばれ、ハッとなりスザクは目を瞬かせた。

「お前、今寝てただろ」

目は閉じてたし船をこいでたぞ。

「へ?え?そ、そんな事ないよ?聞いてたよ?」

スザクは慌てて頭を振ったが、ルルーシュはくすくすと笑って嘘を吐くな、なら俺が何を話してたか解るか?と意地悪く言うと、スザクは困ったように頬をかいた。完全に意識が飛んでいたからそれ以上否定する事は出来ない。

「ほらな、間違いなく寝てた。お前はちゃんと休んでいたのか?」
「えーと」

はっきり言って、休んではいない。
あの戦闘から今までずっとルルーシュの容体を気にして此処に張り付いていたのだ。万が一目を覚ました時に、ルルーシュが暗殺への不安を抱かなくてすむように。更には身体も動かしていた。

「まったく。眠くなったらいつも通り一緒に寝ていればよかっただろうに」

お前は週末、このベッドを使ってるんだから。

「そんなわけにもいかないだろう」

君の容体を見てないといけなかったんだし。
クロヴィスもユーフェミアもルルーシュを心配している。何かあったらすぐ知らせるようにと言われていたのだ。

「お前なら熟睡していても、俺が起きたら気づくんじゃないか?まったく、少しは融通をきかせろ馬鹿。・・・まあいい、少し手を貸せ。こう全身が痛むと体を起こすのも大変だからな」

ぎしぎしという音が聞こえそうなほど体が重く言う事を聞かない。少し力を入れただけで激痛が体を走った。つんとした独特のにおいも鼻につく。どうやらあちこちに湿布も貼られているらしい。かぶれる体質なんだがと思わず苦笑する。

「だから寝てなよ」
「風呂と言いたいが、今から入れると時間がかかるからな、せめてシャワーぐらい使わせろ。暖かい湯を浴びれば、それだけリラックスもできるだろ?それに水分も取らないとな。腹にも軽く何か入れて、その後また眠るさ。その時はおまえも、一緒に休め」

だからほら、手を貸せ馬鹿。
柔らかく笑いながら手を差し出すルルーシュに、スザクも柔らかく笑いかけた。

「馬鹿馬鹿って、酷いな君は」
「間違ってはいないだろう?」

もういいよ、仕方ないなと、スザクは立ち上るとルルーシュの体を抱き起した。

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